出石を彩る近畿最古の芝居小屋
明治期に建設された近畿地方に現存する最古の芝居小屋

出石永楽館は、明治34年に開館し、歌舞伎をはじめ新派劇や寄席などが上演され、但馬の大衆文化の中心として大変栄えました。時代と共に映画上映が中心となり、やがてテレビの普及や娯楽の多様化などにより昭和39年に閉館しました。その後、時は流れ、往時の永楽館を懐かしむ声があがるようになり、約20年の復元に向けた活動により、平成20年に大改修なされ、44年の時を経て永楽館は蘇りました。
現在は一般公開(有料)されています。

*豊岡市指定文化財(H10.4.28指定)

復原工事の記録はこちら

永楽館歴史年表

明治34年 出石城下に常設の芝居小屋が開業。出石城主仙石氏の家紋「永楽銭」にちなみ名称を「永楽館」とする。
太鼓櫓から「本日興行あり」の太鼓を打ち鳴らしたという。
明治39年 出石初午祭で歌舞伎の昼夜2回興行をし、大入り札止めの盛況を呈す。
明治~大正間 歌舞伎興行を中心に、剣劇、壮士劇、新派劇、寄席、政談演説会場としてにぎわう。
大正年間 第1次世界大戦、活動写真(映画)興行が多くなる。
昭和5年 映写室設置。
昭和6年 映画はトーキー(音声の出る映画)に変わっていく。
この頃、治安維持法の下で、警官の臨監席が設けられ、思想娯楽の検閲・統制が厳しくなる。
昭和20年以降 映画上映が中心となる。昭和26年から映画はカラーの時代になる。
舞台では地方劇団の他、花菱アチャコ劇団、宝塚歌劇団、歌舞伎の又一郎一座等が来演。
昭和39年 テレビ普及、娯楽の多様化などにより閉館。
平成20年 平成の大改修により復活。
 

 

杮落公演

 
2008.7/31、お練りを行いました!
7月31日は柿落大歌舞伎に先がけて、お練りを行いました。当日は午後6時半から市役所前の広場での餅まきの後に、座頭の片岡愛之助さんをはじめ、片岡秀太郎さん、中村壱太郎さんら出演者が人力車に乗って、出石の城下町を練り歩きました。当日は三番叟をあしらった手作りの神輿も登場!出石の町にも幟旗がはためき、たくさんの人々が沿道をうめました。


お練りにはたくさんの
観客が役者さんを迎えました

人力車に乗る愛之助さん


三番叟をあしらった神輿


公演の成功を祈って鏡開き


舞台挨拶をする秀太郎さん

~連日連夜 満員御礼!永楽館柿落大歌舞伎を開催~


2008.8/1~5、永楽館柿落大歌舞伎を開催しました!

8月1日から5日まで、先月復原された出石永楽館で柿落大歌舞伎を開催しました。最初の演目の「操り三番叟(さんばそう)」では、スポットライトに照らされた舞台の上で、歌舞伎俳優の片岡愛之助さんが飛び跳ねたり、くるくる回ったり、操り人形のような動きを披露し、観客を釘付けに。第2幕では、愛之助さんと共演の片岡秀太郎さん、中村壱太郎さんの3人が復原を祝って「口上」を述べ、出石や城崎温泉などの地元の話で観客の気持ちを引き付けていました。

最終演目の「奴道成寺」では、愛之助さん扮する狂言師が、ひょっとこ、おかめ、大尽(だいじん)のお面を素早くかぶり分け、それぞれの役に成りすます技を披露。観客は「舞台との距離が近く、役者の息使いが感じられました。こんなに趣きのある永楽館は素晴らしいですね」と満足そうな表情を浮かべていました。

操り三番叟
奴道成寺
拍手を送る観衆 興行を知らせる太鼓
京都から舞妓さんも来館 高校生のお茶子さんも奮闘